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明治に入ると河内国は河内県・堺県などに変わったのち、明治14年(1881年)から大阪府となり、80近い村々も22年(1889年)の市町村制施行により、19村に統合、河内・若江・渋川の3国に分かれていた郡制も、29年(1896年)には中河内郡になりました。
農村の景観が商工業地域に変わってきたのは交通機関の発達です。明治22年(1889年)に大阪鉄道(いまのJR・関西線)、明治28年(1895年)には、浪速鉄道(いまのJR・学研都市線)が開通しました。大正3年(1914年)には私鉄最長の生駒トンネルが完成し、大阪電気軌道の大阪・上本町と奈良間(いまの近鉄奈良線)が開通、ついで大正13年(1924年)には布施―八尾間(いまの近鉄大阪線)が開通しました。
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