「教育支援としての学校事務力を探る」「PDF628KB 別ウィンドウで表示」
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団塊の世代が定年を迎え、知識や技能の継承者不足が予想される現代、いわゆる2007年問題は、教育界も同様で、教員の大量採用時代に突入している。もちろん、それは他の職種も同様で、本市では学校事務職員が平成16年度には約20年ぶりに2名、17年度には3名、今年18年度には4名の新規採用があり、各小・中学校に配置され、新しい仲間の参入はとても大きな喜びであった。
しかし、約20年間新規採用者がなかった集団にとって、今までの経験や知識の蓄積に頼ってきた仕事や技能をどのようにして繋いでいくのか、どのように継承していくのか、戸惑ってしまったことも事実であり、現在も暗中模索の段階である。本市教育センターの研修や東大阪市立学校事務研究会とも連携して支援の中核を担っているが、配置校・近隣校での支援や共同実施を絡めての取り組みとなったり、日常業務の傍らに実務を教えたり訓練したりの手法で行っているのが実際のところである。
今や学校に求められる地域・保護者の声を始めとした公立学校への期待や役割を考える時、ノンティーチングスタッフも学校教育へのグローバルな視点が大切である。すなわち、事務処理業務のみに留まらず、学校教育目標達成のために事務の簡素化・効率化を図り、学校経営面からも企画立案・連絡調整・財務管理・情報管理などに重点をおき、より機能的な組織で深く学校運営に参画できるような事務職員が必要である。つまり、万全な安全対策や情報公開を望まれる時代に、危機管理意識を持ち説明責任を果たせる学校で、学校職員である事務職員もともに学校そして子どもたちの教育支援に関わる職務内容に携わらなければならない。そのような後継者を育成する事で、教育支援としての学校事務力が構築でき、さらには今後の学校事務職員に求められる教育支援としての事務力を高める事が、何より子どもの教育を支える力になると考え、この研究に取り掛かった。
そのためには、本市学校事務研究会の実績に学び、本共同研究の新任向け事務職員ガイドブックの完成を目指し、教育センターが中心となって、系統立てた研修を基にした新規採用者育成のプログラム実施とともに、緊急課題である後継者育成に役立てたい。
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「英語を使う授業へ」「PDF64.5KB 別ウィンドウで表示」
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文部科学省は、平成14年7月に作成した「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」に基づき、平成15年3月に「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」を策定した。この「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」は、〔今後5ヶ年で「英語が使える日本人」を育成する体制を確立すべく、平成20年度を目指した英語教育の改善の目標や方向性を明らかにし、その実現のために国として取り組むべき施策を具体的な行動計画としてまとめたもの〕としている。
「行動計画」は、U.英語教育改善のためのアクション2.英語教員の指導力向上及び指導体制の充実【英語教員の集中的研修の推進】で、〔平成15年度から平成19年度までの5年間に、全ての英語教員が、実践的コミュニケーション能力育成のための指導力向上を図る研修を受けるよう、国レベルの研修とあわせ、都道府県等教育委員会が行う集中的な研修を支援する。〕としており、本市教育センターも平成18年度より中・高等学校「英語指導法」研修を実施している。本年度は22名が受講し、教員の意識改革や授業改善・指導の工夫など徐々に効果のあらわれがみられところであり、受講者からも、情報交換や交流ができ、役立った研修であったとの感想も届いている。
また、本市は平成17・18年度文部科学省の「小学校英語活動地域サポート事業」の委嘱を受け、5小学校・1中学校を推進校としてその取り組みの研究発表会を平成19年2月16日に開催したところである。
そのような背景を受け、この共同研究を立ち上げ、小学校から2名の研究員と共に授業実践力の向上を目標に取り組んだ。研究員自らが授業者として「小学校英語活動地域サポート事業」における公開授業や、その他の公開授業の参観(ビデオでの参観も含む)・研究協議から小学校における英語活動の現状把握に努める中で、各々の今後の課題が見いだせるきっかけとしての役割は大きかったといえる。
今後は、前述の「小学校英語活動地域サポート事業」のテーマのひとつであった「国際的視野の育成」をさらに目指し、より一層の小・中連携を深めることを通して、各々の研究活動を進めていきたいと考えている。 |
「生活つづり方入門」「PDF186KB 別ウィンドウで表示」
−すべての子どもに豊かな文章表現能力を−
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教育改革が叫ばれ、その具現化の象徴としての「総合的な学習」が導入されたのは、つい先日のことである。教育の現場としては一抹の不安を持ちながらも、子どもたちの「興味」「関心」から学習を発展させるというその手法に、大きな期待を寄せ、様々な意識改革も同時に行ってきたという自負もようやくできてきたところであった。しかし折から起こった学力論争は、これらの蓄積を一瞬のうちに消し去ってしまった観がある。そして、またぞろせまい意味での「学力」観が社会全体を席巻しようとしている。
そんな中、日本の伝統的な教育方法の一つである「生活つづり方」が目指してきた「学力」観が思い起こされる。
元来生活つづり方とは、子どもたちが自身の身の回りのすべてのできごとから自らの力で、「大切なこと」「ねうちあること」を選び出し、そのことを子ども自らの言葉で、「ひとまとまりの文章」に書かせることを通して、物事の認識力を育むことを目的とするものであった。そして生活つづり方のこの目的(「学力観」)と手法が、子どもたちに確かな「学力」と社会認識をつけることを目標とした、かつての部落解放教育の方向性と一致したという歴史を持つことは、周知のところだ。そして以降、部落解放教育を進める上で、生活つづり方はなくてはならないものであるとの認識理解の上に立ち、長年重宝されてもきた。
しかしながらいつのころからか、教育現場では「てまひまがかかる」と言う理由で、残念ながら生活つづり方の方法を語り、実践する教職員は極めて少なくなってしまった。一方で、スキルの教え込みだけを目的とした安易な「作文教育」が急速に広まりつつあるという状況がある。現在のこの状況の下では、子どもたちに望ましい認識力を育むことは到底望むべくもないだろう。
本研究では、常に「何のために書くのか」を念頭に置き、具体的な子どもたちの作品を理論的な裏付けのある分析を行いながら、子どもたちに「何を」「どのように」書かせるのかという文章表現指導のあり方を再度探ってみたい。
なお、年度末には、一年間の集大成として、公開授業研究会を行うことを当面の目標としたい。 |
「歴史リテラシーを育てる教材と授業」「PDF123KB 別ウィンドウで表示」
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授業中、少し退屈すると私語をはじめ、注意されると眠り出す。そして解説する教師の声だけが一方通行でひびいているということになりかねない教室。これならまだましなほうで、子どもの罵声と紙飛行機が飛び交う教室(怖室?)。こわおもての顔をもっているとか、気の利いたジョークを連発できる才能でももっていれば、なんとかこの危機をのりきれるが、たいていの教師はそのような技量なく、毎日ためいきをつきながら教室へ足を運んでいる現状がある。
しかし、子どもたちは元来、知的好奇心が旺盛なのであって真剣な眼差しや楽しそうな笑顔をこちらに向ける時がある。これをくすぐるのは私たち教師の技量である。こわおもての顔やジョークの才能がなければ、授業の技量をつけるしかない。そのためには、子どもの視点にたった教材発掘と授業方法の技量を磨く必要がある。これは膨大な時間とお金のかかる作業であるが、コツコツした積み重ね以外近道はない。
本共同研究においては、一単元についてお互いが資料や教材をもちより、共に教材研究をおこない、可能な形で授業を公開するという手法で研究をすすめてきた。歴史学習は、子どもの興味とのリンクする内容が多くある反面、立場や考え方によって、さまざまな歴史観があり意見が対立する内容も少なからずある。近現代史においては、子どもの抜きの、政治問題化している現状もある。近現代史にかかわる歴史学習を政治から教育の舞台へと転換し、演出者としての教師の役割を明確にした上で、歴史学習を「子どもを主役にした教室」の復権にむけた問題提起である。 |
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