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 第26回 人権啓発詩・感想文 入選作品
 

     こんなとき自分は…

                            東大阪市 2年  林泉 里

   友達がつらいとき

   そんなときは

   だまってそばにおったる

   友達が泣いてるとき

   そんなときこそ

   自分はおもいっきりの笑顔でアホやる

   そしたらみんなが笑顔なる

   自分はそれで安心するねん

   つらい理由とか 泣いてる理由なんか

   無理に聞き出さんでもええんとちゃうかな??

   そうやって そばにおったるだけで

   笑顔にさしたるだけでええやん

   
   そしたら むこうから心開いて

   理由ゆうてきてくれるんと

   ちゃうかな??

『五体不満足』を読んで

東大阪市 2年  加藤 玲奈

 「五体が満足だろうと不満足だろうと、幸せな人生を送るには関係ない」私は乙武さんのこの言葉に元気が出てきました。私にも、ディスレクシアという不便なことがあって、漢字を思うように読んだり書いたりするのが苦手です。どちらかといえば本は好きだけど、漢字がいっぱいあると、スラスラ読めないので、本を読むことを楽しめていないと思います。毎年、読書感想文の課題が出ると、家の人にルビを打ってもらうか、横でいっしょに読んでもらったりしないと、なかなかかかれませんでした。でも本をまるごと一冊ルビを打ってもらうのはとても時間がかかるし、家の人が忙しくしていると、私の好きな時間に、いっしょに本を読んでもらうのは無理です。すすみが悪いので、でだしで、みんなから遅れます。それが、毎年いやでした。

 それで、今年は、自分の力でやってみようと思いました。だから、CDブックのあるこの本を読んでみようと思いました。さがしてみると、同じ『五体不満足』の本でも、青い鳥文庫は漢字にルビが多いので、CDブックをききながらその部分を目でおって読んでいくことにしました。私なりのチャレンジです。

 CDブックの朗読は、乙武さん自身でした。CDできいている文と本の中に書いてある文は、内容が省略されたり、順番が入れかわっているところがいくつかあって、CDが次の話にうつるたびに、どこを読んでいるのかさがすのに苦労しました。気がつくと、8回もCDをきき直してました。何度もページをめくるんで、本もそり返ってきました。手も足もないのに、ドッチボールやバスケットボールをどんどんやっていく乙武さんはすごいと思いました。声からも、明るい人だなあと感じました。その明るさは「障害は個性」とあまりマイナスにとらえない両親の育てかたからきているんだろうと思いました。私のお母さんは心配ばかりして、ワーワ一言います。あまり心配されても、逆に負担になるので、いやです。乙武さんの両親のようにのんびり見ていてほしいなと思います。

 乙武さんは 「環境さえ整っていれば、ボクのような体の不自由な障害者は、障害者でなくなる。」と、言っていますが、私もそう思います。最近、私の家のもより駅にやっとエレベーターがつきました。ふつうのボタンの下に車イスの人用のボタンがあります。目の見えない人のために点字のプレートもあります。耳の聞こえない人のためにどっちのドアがあくか音や光でも知らせてくれます。でも、もっとおどろいたのは、「フットスイッチ」というものです。両手に荷物を持っていたので、「何だろう」と思ってボンとけってみたら、ボタンがパッとついてエレベーターが動きだしたので、びっくりしました。エレベーターがつくまでは、駅が高架の上にあるので、車イスやベビーカーの人は、まず歩道橋の下についてるインターホンで、駅の人をよんで駅まであげてもらってやっとホームにたどりつくというかんじでした。のる時もたいへんですが、おりる時はもっとたいへんで、だれか一人の車イスの人に駅員さんがかかっているとインターホンでよんでもなかなか来てもらえません。あとの人はホールの上の階段でじつと待っているしかありませんでした。運がよければいっしょにおりた乗客の誰かがポッンとホームで駅員さんを待っているのを見かねて、手伝って階段をおろしてくれるというふうでした。

 エレベーターがついてからは、車イスの人はもちろん、ベビーカー、お年より、ケガをして松葉づえをついている人、階段では運べないくらい大きな荷物の人、誰もが便利になりました。障害を持った人が生活しやすい環境というのは、みんなが生活しやすい環境なんだなあと思いました。障害者が「かわいそう」に見えてしまう物理的な壁による「できないこと」がもっと取りのぞかれていけば、みんなが幸せな世界になると思います。

 少し読むのにとまどったけど、CDブックで乙武さんの朗読をききながらの読書は、普通に本を読むより、りんじょう感があってわかりやすかったと思います。

 乙武さんは、「だれにも『その人にしかできないこと』があるはずなのだ。『自分の役割』に若いうちに気づく人もいれば、年を重ねていくうちに気づく人もいるだろう。」と言っています。私の役割は何なのでしょう。本を読むことが苦手な私ですが、いろいろな方法をためして、いろいろなことを知って、早く「自分の役割」というものに、気づきたいと思います。

「五体不満足」 乙武洋匡著 講談社


「あなたの声がききたい〜聴覚障害の両親に育てられて〜」を読んで

東大阪市 3年  美野田 有紀

 「あなたの声がききたい〜聴覚障害の両親に育てられて〜」、この本は作者がであった看護師加奈子さん(仮名)の体験した話を基に書かれた本です。

 私がこの本に興味をもったのは、母が読んでいたからです。この本を読むまで身近に聴覚障害の人がいるわけでもなく、全くと言っていいほど聴覚障害についての知識はありませんでした。でも読みすすんでいくうちに、加奈子さんとその家族がうけた差別を知り、悲しみと怒りでいっぱいになりました。そして、家の中でただ一人、音が聞こえるさびしさも、私には想像もつきません。普段家族と無意識に交わしている「おはよう」や「おやすみ」の挨拶も返事が返ってこないと一人で家にいるようで、どんなにさみしかっただろうなあと思います。

 特にこの物語で加奈子さんのお母さんの、聴覚障害者特有の聞きとりにくい発音を小学生だった加奈子さんのクラスメイトがばかにしている場面では、読んでいる私まで本当にくやしく思いました。聴覚障害者の人はくちびるの動きだけをたよりに声をだすのは、とても努力が必要だと思います。そんな経験をしたことのない人間がその人をばかにするのはおかしいと思いました。第一、身近に障害をもった人がいたとしたら、そういうことを思わないと思うし、口にできないと思います。

 私の母は一時期、手話の練習をしていました。その時勤めていた会社に、聴覚障害の人が新入社員として入社してきたからでした。その日から会社では毎日講習が行われたそうです。私はその話をきいて、そういう会社がもっとふえるといいな、と思いました。

 その日から母は、その人と早く話せるようにと、何回も自分の名前や自己紹介などを、手話で練習していました。妹も自分の名前を練習していて、とても楽しそうでした。

 手話はジェスチャーと似たようなものだそうです。例えば、「おいしい」という手話は「ほっぺたが落ちそう」というジェスチャーと同じように、ほっぺたを二度おさえます。また「まずい」という手話は口からぺっと、ものをだすしぐさをします。

 それともう一つ大切なのは、表情だそうです。

 手許で悲しいと伝えているなら、顔も悲しい顔。手話で楽しいと伝えているなら、顔も楽しく笑顔に。そして、手話にあわせて声をだすことも、気持ちを伝えるうえでとても大切なようです。

 「障害は不幸ではありません。ただ少し、不自由なだけです」と、何かの本にかいてありました。たしかに、紙とペンを使っての会話は不自由です。もっとたくさんの人が、手話を覚えて、いろいろな場所でみかけるほど、一般的になれば、聴覚障害者の不自由はへると思います。

 この本を読んだことをきっかけに、母はもう一度、一から手話を学ぼうとしています。私もこれを機会に手話にちょうせんしてみようかなあと思っています。

「あなたの声がききたい〜聴覚障害の両親に育てられて〜

岸川悦子著 佼成出版社

  

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